リレーエッセイ

第43回 - 2001.11.01

ハプスブルク・オーストリア・ウィーン

倉田 稔

 今月、成文社から『ハプスブルク・オーストリア・ウィーン』を出すことになったが、原稿を送ってから実際に出版するまで、私は、すでにこの題に関わる2つの書評を書いた。

 先ず、ウィーン大学歴史科の教授で、オーストリア史を担当していて、亡くなられたエーリヒ・ツェルナー教授の『オーストリア史』が邦訳されたので、その書評である。この書は膨大なものである。ツェルナー教授の書は、オーストリア史を学ぶために、まずオーストリアの学生が読むものである。この翻訳の意義は大きい。沢山売れないだろうが、意義は大きい。

 次に、島崎隆『ウィーン発の哲学』が出版されたので、その書評を書いた。島崎氏の書は、オーストリア哲学の独自性を探ろうとしたもので、またオーストリアでの哲学教育を描いたものであり、実に面白い。日本とは教育のあり方が違うのである。

 これら2つの私の書評は、本書に入れられなかった。その上、丹後杏一先生による私の『ハプスブルク歴史物語』(NHKブックス)への書評も入れ忘れた。また、かつて「レンナー」という論文(『民族問題』ナカニシヤ、所収)も私は書いているので、入れてもよかった。記事「ヒルファディング『金融資本論』ドイツ語版初版」(『マルクス・エンゲルス・マルクス主義研究』)も、また論文「オーストロ・マルクス主義」も(『茨城大学政経学会雑誌』71)、ここに入れてもよかった。しかしそんなことを全部実現すると、本書は大部のものになってしまうだろう。なお、私はすでに小さなオーストリア経済史の研究を2つ雑誌に出しているが、これは入れるつもりはなかった。経済史だけでいつかまとめたいからである。

 その後、NTT出版がイギリスの学者による興味深いハプスブルク史の翻訳を近く出したいと考えていることを聞いた。詳しくはここではまだ語れない。

 2000年に『外国物語』(丘書房)という小型本を、私は出したが、そこに「『ウィーンの森の物語』および河西勝教授書評」「オーストリア」という2つの記事が入った。河西さんは北海学園大学の先生である。「ウィーンの森の物語」の講演も、私は小樽で行なった。

 成文社から、私は、オットー・バウアー『帝国主義と多民族問題』という題で、かつて翻訳出版した。これは、バウアーの名著『多民族問題と社会民主党』のうちの帝国主義論の部分であった。その後我々研究者仲間5人が、オットー・バウアーのこの大著を、あしかけ4年にわたって翻訳し、今年、2001年、それが、『民族問題と社会民主主義』として、御茶の水書房から出た。つまり私の翻訳が、この本の中に入ったのである。しかし、共訳というのはむずかしいものである。良心的に作ろうとしたので、全員が他人の訳をも全部見たのである。そこでそれがかえって身動きができなくなり、自分の希望通りの訳ではなくなった。私としては、初めの成文社での翻訳の方が訳としてはよかったのではないかと思う。なお、このバウアーの本の「第2版序文」は、相田慎一氏により、氏の大学の紀要に翻訳されていた。それももちろん、この訳本の中に入った。この訳本が、今年(=2001)年の社会思想史学会(会場 大阪大学)全国大会で、とりあげられることになった。とりあげる時間帯も2つに及んでいた。私は関係者なのに、急病で出席できなかった。

 翻訳者の1人は、「かつてこれを読んで研究書を書いたが、今回翻訳で読んでみると、随分見落としていた」、と述懐していた。さもありなんと、思う。この本は、膨大なものだからである。またそのために、値段が高くなり、なかなか売れないだろうが、実際は翻訳物は長いものでないと困るのである。短い外国書だと、すぐ読める。長いものは読むだけでもなかなか大変である。日本の出版社も、短い翻訳書でなく、分量の多い翻訳書を出してもらいたいと思う。経済的理由により、難しいであろうが。我々は、なぜこういう名著がいままで全訳されなかったのだろうかと、語りあっていたが、翻訳をしていて分かった。要するに、全訳するのは大変だから、なのだった。

 バウアーの本について言えば、今回の訳業をきっかけにして、バウアー研究が進むのではないか。やはり翻訳がされていないと、正直いって、なかなか研究は進まないものである。それと、オーストリア・マルクス主義の研究も今後少し進むかもしれない。

 半年ほどのほんのちょっとの間に、私についてだけでも、ハプスブルク・オーストリア・ウィーンをめぐるだけでも、そんなに関わりがあった。日本に「オーストリア研究会」があって、そこでは多くの情報が到達し、また生まれているだろうから、大変なものであろう。

 一昨年、1999年に、ウィーン、バーデン、デュルンシュタイン、サルツブルクの旅行をしてきた。ウィーン国立オペラで、初めてヴェルディの「エルナーニ」(ヴィクトル・ユーゴー原作)を見た。ウィーンのオペラが変わってきた。昔風のスタイルを守ってきたウィーンの国立オペラが、近代的な舞台と振付けをするケースが多いという。私にはまだ観光客相手をするようなオペラの方がよいのであるが。つまりウィーンでは従来、昔のままの、作曲された当時のオペラを演じていた。それがまたウィーンの方針でもあった。

 さて、この時の旅行で、私の『ウィーンの森の物語』(NHKブックス)の主人公たちと会ってきた。8年ぶりであった。

 昔の留学の時代に、私はハプスブルク史の良い本、研究書を随分買い入れてきた。ヨーロッパでも、本がよく売り切れてしまうものだ。10年くらいで、なくなる。いまではなかなか手に入らない。A氏にすすめられたので、いつかそれらの文献解説を書いてみたいと思っている。



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