成文社 / バックナンバー

プリーシヴィンの日記        太田正一

2011 . 09 . 25 up
(七十六)写真はクリックで拡大されます

5月5日

 クローヴァー、燕麦、ジャガイモ、ビート、キビの準備はとうに終わり、今はあっちでもこっちでもジャガイモの植え足しだ。あと一週間もすればすべて完了である。
 いやでも伸びるし生長する。畑から帰るときのあの嬉しそうな顔はどうだ! どの目も輝いている。難しい農業経営学なんかもうどうでもいい――ただただ嬉しいのだ。花の香りとぬくもりと水気を含んだ黒土の心地よさ、嬉しさ、おおこの歓びよ!
 あれほどの心労や煩わしさもかかわらず、農業が心身にもたらす健やかにして純粋・素朴な喜びが、今ではまったく損なわれてしまった。喜びは、孤独感に打ち勝ち、自分ひとりじゃないぞ、誰にとってもいいものなんだという思いが、信念が常に伴う。が、あまりに素朴に過ぎる喜びもまた同じことを口にする――自分にとっていいものは万人にとってもいいはずだ、と。かくして他人(ひと)の不幸は見えないし、気にもしなくなる。
 しかし今は、どんな喜びの前にも占い鏡が置かれている。そこに映っているのはどれも黒い絵ばかりだ。今年、われらが地方の自然には、人間の魂とぴったり重なる、驚くほどの符合があった。昔の年代記作者なら「大いなる徴(しるし)あり」と誌(しる)したにちがいない。

5月6日

 ミリュコーフのわかり易い論文……もしミリュコーフを信ずるなら、国外で戦争に加わったほとんどの人間には、なぜ何のために自分たちが戦っているのか、その理由がわかっているということになる。でも、それは正しくない。それが正しくないのは、今まさに死なんとしている者に、生きているわれわれが付与する死の〈偉大なる意義〉が厳然たる〔死の〕事実を前にして、一切の意味を持たなくなるのと同断だからである。死なんとする人はただ痛みのために泣き叫んでいるが、そのとき傍らに立つ人は生命を重んずることを学んでいるのだ。そして臨死の場を通して〔生命の〕価値を理解しようと努めることが、また彼をして死を讃揚せしめるのだ。

カデット(立憲民主党)のパーヴェル・ミリュコーフと「ミリュコーフ覚書」については(六十)の注を、写真は(六十一)を。

 ロシアに敬虔な人間は多いが、正直な人びとは多くない。もしあなたが何か事業に着手し、ぜひ正直な助っ人を見つけたいと思っても――『そんな人間なんかいないよ』とあっさり一蹴されてしまうだろう。あなたは訝しげに問い返す――良心に従って働く人間がいないって? まさかそんな? するとまたこう言われる――『そんな奴がいるなんて、おれにはとても信じられない』と。
 「そうだよ、敬虔から流れ出る正直にはともかく実用的な価値がない。ほんのわずかでも有用な正直ならまっすぐ市場に持ち込まれるよ。そんなのは定価取引をする田舎の店と同じで、非常に稀な例と言っていい。だいいち、ロシア人自身、そんな正直には敬意を払わないし認めない。結果として、正直な人間はまあほとんど存在しない」(要するに、正直とは定価でモノを売る店のことらしい)

 母に泣きごとを言って、何もかもぶちまけたい(監獄の囚人みたいに)。でも、なぜその人にではなく、母に向かって、なのか?
 その人を受け容れるためには、その人と同じくらい苦しまなくてはならない。そうだ、そこですべてがはっきりしてくる――自分を思うほどに他の人を思わなくてはならないのだ。
 だが、必ず先に戦争が――そうなる前に戦争が、起きてしまう。
 今夜のことは、決して忘れるべきではないし、忘れられないだろう。
 マーシャ(なんと思いがけない喜びが! そうのだ、〔自分らは〕マーシャによってキリストにたどり着いたのだ)

今は戦時下にあるが、プリーシヴィン家も戦いの真っ最中であるらしい。もめごとの種ははっきりしないが、穏当でない言葉も――戦争、今夜のこと、打ち明けることは(白状)…、嵐、不純な関係などなど。マーシャ(Маша〕はマリア(Мария)の愛称。母のマリア・イワーノヴナ、イエスの母のマリア。

 打ち明ける〔白状する〕ことは救いなり。しかし闘いはすでに空中戦。したがって〔話し合いはなされても〕再び戦闘状態にある(でもしっかりと自分を見つめながらの)。話し合い〔表明〕の条件とは、生きることへの愛、人への憐れみ、信頼(幸福に至る道)。

 経営(Хозяйство)とは民衆(ナロード)への憎悪と軽蔑の試練(学校)だ。

 人間関係がいよいよまずくなってきた。あっちではどっかの森に住んでいた、こっちでは家族の鎖に繋がれている。あっちにいたのは善良な森の女(バーバ)、こっちにいるのは怒りっぽくて獰猛な女だ。あっちは自由で、縛られず、とにかく誰もこっちに目を向けない。ここでは根を張ること〔家〕が必要で、何もかもが視界内にある。それで生そのものがどん詰まりになる。家を建ててる最中だが、そこに住んで彼女〔妻〕のために農業をやっていくか、まだわからないし、彼女が一家の主婦に納まるのか、それもわからない。自分の巣なのに、なぜか硬いトゲトゲの藪にでも突っ込んでいくような気がしてならない。棘に引っかかれたりすると、ああなぜまたこんなところへ潜り込もうとしたのだろう――そう思ってしまう。彼女との暮らしがこんなでも、自分には慰めがある――それは何かと言えば、自由、だから。そもそもの初めから(これはレオーンチイ〔未詳〕に話して聞かせたことだが、自分は家というものを受け容れていない、ただ体験しているのだ)そう自分は感じていたし、それなりに結構ちゃんと暮らしてもきた。なぜかと言えば、自分を自由な人間と見なしてきたから。今は何もかもが自分の本性(プリローダ)に逆らっている。腰を落ち着けてここで暮らしていこう、しっかり家族を養っていこう、でも自分は……(ここではないところで暮らすだろう)

プリローダ(природа nature)は自然の意。自然界、自然の力、造化、人間本来の本質、本性、天性、素性、血統。プリポーダに分け入ったプリーシヴィン自身のプリローダの真骨頂。

 リーヂヤ〔長姉〕とは距離を置くべきだ。アファナーシイ〔軍事捕虜のアファナーシイではなく、雇ったロシア人のアファナーシイ〕のところに行ってくること(ダーチャの件)。イワ〔ン〕・ミハ〔ーイロヴィチ〕にはクローヴァーの種をどこに蒔くか訊くこと。アファナーシイとは作業員についても。春の農作業の段取りを正確に知っておくこと。コーリャとは納屋をどうするか相談する。

 嵐が過ぎると、たいてい自分が謝っている。決裂まで行ってしまうと、ああもうお仕舞いだと思ってしまう。なぜそう思うのか? おそらくそれは、この人生で唯一の……不純な関係〔情交とも訳せる〕の恐れ。ことさら恐れるのは、これはもう病気の証拠だ。

 わたしは自分の研究や観察のために益となるような総数〔全体数〕を何ひとつ知らない。たとえば、戦前にあった工業の弛まぬ大発展だが、現在自分が住んでいる地域の住人の上にはそれは何ら反映されていない。現在の協同組合(コオペラチーフ)の発展もまったくこれと同じ。わが消費組合店などは辛うじてその存在を引きずっている。啓蒙教育の希求で言うなら、わが村での新聞の定期購読者はゼロである。現代における工業の一大発展、すなわちコオペラチーフの今日的発展と啓蒙教育の希求の事実はどうか? われわれのような比較的中心地域にいる者も例外ではない。自らの源流の総数がまったく意味を失ってしまうほどロシアは広いし大きすぎるのだ。総数自体が独り歩きしている――個数が独り歩きしているように。直接的観察から総数へのアプローチも同じく可能である。ただし、わが国の大多数の時事解説者がやるように、ひとつひとつ検証していくしかないけれど。直接的観察では総数には到達しない……これは当たっている、間違いない! それ〔直接的観察〕は、総数のわきをすり抜けて、まっすぐどこかへ、絶対(アブソリュート)へ、神の国へ行ってしまう。

 「人間がまっすぐの道を歩むとき、人間に十字架は要らない。だが、道を逸れてふらふら迷走し始めるそのときに、人間をまっすぐの道へ押し戻すさまざまなこと〔事態〕が起こってくる。こうした押し戻し(タルチキ)こそ人間のための十字架となっている」(アムヴローシイ

アムヴローシイ(オープチナ僧院のアムヴローシイ)。俗名アレクサンドル・ミハーイロヴィチ・グレンコフ(1812-91)、オープチナの有名なスヒマ修道司祭、長老。彼には書簡体形式の著述が多い。これもその一つ。オープチナ修道院(男子)はカルーガ県コゼーリスク市から2キロの地にある。言い伝えによれば、大盗賊のオープタ(還俗してマカーリイ)によって創設されたという。1821年、修道院の近くに僧院(プーストゥイニ)がつくられた。作家のゴーゴリはマケイ師を、ドストエーフスキイやトルストイはアムヴローシイ師の話を聴きにいっている。この僧院にはプリーシヴィンの母のマリア・イワーノヴナも何度か訪れていて、幼いころ母からよくこの長老のことを聞かされている。

 人間のために十字架をつくるのは神ではない。人生で担う十字架がどんなに重くても、しょせん木でできたもの〔十字架〕は木なのであって、人間の心の土壌で大きく育つのである(個人的理解)。

5月9日

 「戦で死ぬようなことはあるまい。だから吾輩は連隊に留まるつもりでいる。大佐に昇進したら退役して、地方自治体の課長にでもなるかな。大佐の給与は80ルーブリだから、課長になれば、当然そのくらいは出すだろう」
 「でも、そのとき、ひょっとして、空きがないかも?」
 「それじゃあコミサールになる、どっちだって同じじゃないかね、そうだろう?」

 朝、クローヴァーで失敗したが、嬉しい結果に終わった。欲しかった大工たちがようやく雇ってくれとやって来たから。もちろん働いてもらうのだが、それでもちょっと心配なので――
 「兵隊には?」
 「84項だよ!」ひとりが答える。
 そして条項〔兵役免除〕の説明を始める――
 「出っ腸〔脱腸〕なんだ!」
 もうひとりは62項で、瘰癧(るいれき)。3人目は頭が弱く、4人目はびっこで、5人目は年寄りだ。みなしてわたしを宥(なだ)めにかかる。
 「わしらは役立たずさ、み~んな役立たずだよ!」
 6人目の男には片腕がなかった。カルパチヤの戦闘で右腕を失った。でも、庭園の番をさせてくれと言う。
 「おめえ、腕もねえのに、林檎に添え木なんか当てられるもんかい?」
 「なんでもねえよ! それがどうしたい?」
 「左手一本でか?」
 「そうだよ、左手でな。戦争が終わったら添え木〔義手〕でもこさえてもらうさ」

6月8日

 これまで自分は一度も、団体や会議の議長も司会も団長もやったことがない。そういう役職にある人間を目にすると、心から驚いたものだった。それでも万一に備えて、そうした仕事の中身を知っておこうと思ったり、勝手に頭の中で偉くなった自分の姿を想像したりしていたのだったが、めぐりめぐって自分が選ばれるような恐れが出てきたころには、覚えたことはみな忘却の彼方に行ってしまっていた。選ばれる恐れがあったとき、これ以上ない愚かな質問――たとえば、前もって電話して「集会を開きます」と言うんだったか、開会を宣したあとに電話をすべきなのか、そんなことがもうすでに自分には解決不能の問題のように思われたのである。自分のような人間はルーシには、まあごまんといるだろう。もちろん、われわれだって優秀な議長になれるかもわからない。でも、何かこう……つまり、自分にはまったく不可能と思われる重要な地位で自分がちゃんと腰を下ろせる席は、やはりどう考えたって自分自身の記念日(祝賀会)がいいとこであって、議長職などは二の次三の次なのである。ところがなんと、その、自分が人生でいちばん恐れていたことが現実に起こってしまったのだ。農業人口調査委員会地区議長とかいうのに担ぎ上げられてしまったのである。
 わたしは森にいた。森にはわたしの指導の下で働く100人を超える労働者がいた。労働者の大半がそこの茂みに自分の所持品を隠していた。夜になったらそこから自分の大事なものだけを持ち出すのである。したがって、わたしには100人の労働者を監視する100の目が必要だった。そんなとき、突然、ひとりの男が、郡役所からですと言って一通の封書を取り出した。
 「ついこのあいだ――」と男は言った。「村長に『おまえさん、あの森に行くんだったら、ひとつ頼まれてくれ』と言われましてね。こっちは町に牛を売りに行ってたもんだから、3日もこれをズボンに入れとったです」
 封書には紙が一枚。そこにはだいたい以下のようなことが書かれていた――農業大臣からの強い要請により全ロシア農業人口調査が実施される。この調査にはお歴々からなる特別委員会の厳しい目があるによって云々。そこで一方的にわたしがこの地区の委員長に選任されたのだ。

 経営(農事)をめぐって
 未明に窓を叩く音。
 「マロースのご到来だよ!」
 「そりゃあ有難い!」
 マロースにしてはずいぶん弱々しいものだったが、でも有難かった。12度目の朝寒(あさざむ)である。いつもなら種を蒔く場所がわかるように畑のあちこちに藁を積んで置くのだが、やってなかった。穀物小屋から藁を担いで畑に向かっていると、大きな大きな太陽が昇って、急にマロースが和らいでしまった。犂(す)き路をちょろちょろ水が流れだし、足が冬麦畑にずぼっと埋まるようになった。これでは種が蒔けない。その失敗で調子が狂った。失敗したときはいつもそうなのだが、まずいことが次つぎ起きてくる。斜面の犂き路をちょろちょろ流れていた水が次第に大きくなって窪地へ、さらに大きな涸れ谷へざあざあ落ちていって、ついには大河に合流だ。
 もうこれは純然たる犯罪的怠慢ではないか! 怠け癖がついて、ただぼんやりしてる人間たちの目の前で、この上なしに豊かな土壌が洗い流されてしまったのだ。肥沃な土地が裂けて深い窪地を、粘土質の赤い谷間をつくってしまったのである。それも村から町までずうっとだ! 畑と村が分離してしまった。畑と窪地が野蛮な悪意、嫌なしかめっつらで応じて、春の夢は台なしだ。
 すべては無(ニチェヴォー)から。ここ、ロシアの中央部に位置する地方はたえず旱魃に苦しんでいる。湿り気が足りないのだ。いま音を立てて流れているものは、畑を洗いこそすれ、本物の水ではなく、砂漠の蜃気楼のごときもの(幻のオアシス)。鉄砲水が畑を洗い流す。われわれはすぐまた干からびる。
 だが、農業なんか打っちゃって、そう、何もかも放って旅に出るなら、そりゃあこの世は素晴らしい。素晴らしいに決まってる。春の河川の氾濫のころ、遠くから聞こえてくるあの、地平線の果てまで響き渡る鐘の音より素晴らしいは、どこにもないのだ――ただし、農耕なんか始めなければ、ではあるが。
 もうすることがない。仕方なくクローヴァーの種を持って家に帰ると、大工たちが旧い建物を新しい建物に造り直している。大工たちに何かまずいことが起きている。近づかないほうが身のためだ。彼らが何か言ってきたら――たとえば、新聞のニュースについて訊かれたら、答えないわけにはいかないし、こっちも何か伝えずにはいられなくなる。毎回、一刻も早くこの場を離れたいと願う。でも所詮、無理な話! 5人の大工はいずれも不良品の役立たず。仕方がない、雇ってしまったのだ。
 人間のほうも人間だが〈生きている財産〔家畜〕〉もご同類。わが家では今、老馬かもしくは非常に若い馬を購入しようとしている。5年目までの馬は周知のとおり動員(徴収)の対象だ。そこで要熟考。夏のあいだに戦争が終わることを期待している人間は4歳馬を買うが、もっと慎重な人間は3歳馬を、しかしいちばん確かなのは年を取った痩せ馬を買うことだ――痩せ馬は値が張るが。

諺に「痩せ馬はみすぼらしいが足は速い」――見かけは貧弱だが仕事はできる、と。

 今も大工たちは仕事をほっぽって、ツィガールキ〔ちびた手巻きタバコ〕を吹かしながら、新聞のニュースを訊こうとする。こちらにはそれを拒む権利も理由もない。それで一気にそれを片付けたいと思うのだが、そのつどニュース解説とやらはこんがらかって要領を得ないものになってしまうのである。

text - 太田正一  //scripts - Lightbox PageDesign - kzhk


成文社 / バックナンバー