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プリーシヴィンの日記        太田正一

2013 . 06 . 30 up
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1919年11月1日

 人びとは今、物質的(マテリアル)に完全に小市民的エゴイスティックな個の単位にまで分解してしまったので、相手がどんなに可愛い感じのいい人であっても、もはや近づきになるすべがない。たとえば、10フントの茶を持っている者を魅力の虜にしても、自分にはひと摘みの茶葉もないと口を滑らしたら最後、何もかもオジャンになってしまう。隣人はあなたの中にそんな茶葉の要求しか見ていないし、あなた自身も隣人のけちな小市民根性しかを見ていないから、その一線を踏み越えるのは不可能なのである。お茶は家族の財産そのもの――身分・地位・境遇そのものだからである。そんな〈独立した〉財産、すなわち茶・石鹸・キビその他の家屋敷(ウサーヂバ)が完全に門戸を閉ざし、喧嘩も誤解も、親しい者同士のわがままも気紛れも、付き合いがなくなった今では完全消滅。そうしたどうにも下らぬつまらぬものの中から贖罪の子羊(スケープゴート)、つまりソヴェート権力がつくられたのだ。そして、それへの恨みと悪口が茶やキビや靴底などのすべての所有者たちをがっちり一つに結びつけているのである。

 エレーツの白〔軍〕がマールコフ第二の名を有つ連隊から成ることが最終的に明らかになった。これはわが祖国を滅亡に追いやった最初の犯罪集団の一つだ。
 今、ロシア・コムーナの小市民的家屋敷(ウサーヂバ)を腹を空かせてうろつく者たちに許されているのはせいぜい、コムーナの標語とマールコフ第二連隊のどっちを選ぶか、ぐらいのことである。

 きのう、われわれとスィチン一家のコムーナに致命的な亀裂、いや風穴があいたようだ。まさに被弾。スィチン一家は食糧をかなり持参していた。われわれは大いに喜んだ。リョーヴァもわたしに耳元で――『パパ、あの人たちは凄いね、僕たちも何とかして……』と囁いたものだが……。夕食のときの彼らの会話はこんなだった。スィチン――『彼ら〔ソヴェート〕にはパンがあまりない。足りないんだ。深刻だよ』それに対してスィチンの妻が言う――『いったい月にいくら配給するのかしらね?』―『2プードかな』―『それなら十分だわね』。(2プードと聞いて彼女は元気になった)つまり、うちはそれで十分、うち〔の家族〕は3人だから(納得したわけだ)。
 彼らが自分たちのパンを確保できることがわかっても、初めは、なんだかよくわからない重苦しい空気が漂って、こちらはかなり意気消沈した。わたしはリョーヴァとその空気を分け合った。リョーヴァが言った――『食べているとき、僕も辛かった。どうして(何のために)あんな話をするんだろうって。僕らはわかっているのにね』。さらに『気がついたんだけど、ああいう痛いことを口にするのは、いつも男の人じゃなくて女の人なんだね、パパ。それはどうして?』。わたしは彼に説明した――『それは、獲物を手に入れるのが夫〔男〕たちで、獲物の数をかぞえるのが妻〔女〕たちだからさ。大昔マンモス狩りをやってたころ、男たちは一致団結して獲物に立ち向かった。それで、広い野原で楽しく自由な狩りをした男たちには、のびのびとした明るい自由な心がつくられていったが、狩りが終わると、すぐにそこへ女たちがやって来る。分け前をもらうためだ。ある者は腸(はらわた)を、ある者は肝臓を、ある者は蹄を。女たちの心も分け前みたいに分けられていったんだね。そういうわけで、男たちにはごく自然に互いに団結し合う心が、女たちにはものを分割するという行為が重要な意味を持ってきたんだ……』するとリョーヴァが――『じゃあ、分割しにかかる女たちに僕らはどうしたら(どう接したら)いいんだろ?』わたしは答えた――『そのことでは決して女たちに屈してはいけない。男は寛大さを実例で示すこと――ただし、そっと気づかれないように。愛想や注目で女たちに影響を与えないよう努力すること。そうしたら、きっと、女たちの心にまた別の新しい〈かたち〉が出来てくるんだよ』
 もしいきなり何かで頭を叩かれたら、くらくらして、すぐには何が起こったかわからないだろう。心もそうで、いきなり不注意な言葉を投げつけられたら、しばらくは何が起こったか理解できず対応もできないから、ただ落ち込むしかない。でもそのうち、ふとそのときの情景が蘇ってきて、ようやくそれがどういうことだったのかわかってくる。あとになって腑に落ちる……

 深夜、わたしは思った――弱者はおのれの弱さに責任がある(悪い)、もしその弱者の行為を他者(強者)が為せば、強者の行為は(もっとも、強者に対して弱者が腹を立てるならだが)……ところで、大半のコミュニストの心臓はまさにそんなであろう。要するに、われわれはみな奴隷なのだ。自分から自分の自由を差し出し、あとになってそれを奪った奴らに腹を立てるのである。

11月2日

 鐘の音(包囲が解かれたのだ)。起きた。嬉しい。何が嬉しいのかわからない。でも、鐘の音を聞いて嬉しくなったのはわかった。
 疎開からの復帰(レヴァクアーツイヤ)……チーキンと人民教育課の組織。問題は党員不足から生じた。やはり財政課のサブセクションにコミュニストを補充する必要があるのだ。誰も伝票にサインしない。しないでは済まされないから、最後には誰かサインする。課を運営するのは学校関係者(教師)だが、伝票にサインするのはコミュニストたちである。
 こうした状況下(物理的動員)からの脱出〔の必要〕を感じている。このままでは駄目だ――すぐにも、どこかの村か南方へ、もしくはシベリア……
 波がまた少し大きくなっている。モスクワで暴動の噂、白〔軍〕がリースキ〔ヴォローネジ県〕からボリソグレープスク方面に移動した――そんな報道もある。
 いずれ記述法(生活に関して)を変える必要が……
 ウラヂーミル・ヴィークトロヴィチは納屋を掃除をしている。鶏舎しようというのだ。アンナ・ニコラーエヴナはケロシンでラプシャーを茹でている。
 発見をした。納屋の天井が高いので火を焚くことができる。もう一つ発見――秘密の隠し場所に塩があった(砂糖はないか?)。
 夜、水漬けトマト入りのアルコール。これぞ生命飲料(ジチイェ・ピチイェー)だ。
 教育家中最も下らぬもの〔自分のことか?〕。

житие-питие。〈暮らし〉を意味するжитьё-бытьё(ジチヨ・ブィチヨー)のもじり。

11月3日

 性格の瑣末、小者。
 彼女〔スィチン夫人〕のモラルは感情的にはとても大きい。大きいが、モラルの意識がない。意識がなければ、一瞬にして本能がモラルの感受性に取って代わる。
 あるとき、彼ら〔スィチン夫妻〕のこんな会話――『その7フントの石鹸はどっか別の場所に隠しといたほうがいいな』それを聞いて、どうしても必要になったら彼らから半フント分けてもらうつもりでいたのを思い出した。お腹が空いた(パンはかけらもない)と彼女が言ったので、乾パンを持っていった。3日後にはこっちが干上がった(パンが底を尽いた)。そのとき自分は彼女に石鹸を(リョーヴァのシャツを洗うため)ひとかけら乞うた。すると、『駄目です!』の返事。そう言って、彼女はちょっと口を噤んだ。噤んだら、もう何を言われたのか忘れてしまったらしく、結局、石鹸はくれなかった。
 吝嗇さんと軽率氏。これは性格の二極端。スィチンの場合は軽率。きのう、われわれは、逃げ出したこの家の主たちの秘密の隠し場所に塩を発見。そのとき、スィチンがこう言った――『ああそいつはこっちへ、こっちへください! そいつを脂身(サーロ)と交換することにします。うちらは油が足りないから』
 わたしは物惜しみしないことを諒(りょう)とする。
 嫉みと寒さと飢えによる脅威に身を曝している。そのことをК(カー)に話した。すると彼女は自分の亭主に向かって、芝居気たっぷりに――『み~んな溜め込んでるのね。あたし、よく知ってるわ。でも、あんた〔亭主〕にはな~んも備えがない。備えがないのは、溜め込んでないのは、あんただけなのよ!』そんな彼女に向かって――『ああそんなに悪い暮らしでもないじゃないか。きょうは腹いっぱい食べたし』などと言ってはならない。そんなことを言われたら、すぐさま彼女は亭主にこうぼやくだろう――『うちにはもう何もないのよ!』と。だがしかし、この夫婦がほかのどの家族より物持ちなのは確かなのである。
 これすべて、猿はヒトから生じた〔猿の起源はヒト〕という論文のデータである。まずヒトであり、ヒトから猿が出現したのだ。
 こんなシーンを思い描く――どっかの奇人がアグラマーチ大村を歩き回って、人類の名において(〈キリストの名において〉とは言いたくなくて)パンをくれと言っている。それを見ていた町人が――『なんて人類だい、そいつは? ロシア人かいそれともユダヤ人かい?』―『だいたい、すべての人間を指してるつもりなんだが……』―『人類じゃなくて人間か……ああでも人間にはいろんなのがいるからな。善人もいれば畜生呼ばわりされてる奴もいる』―『なら、〈善人の名において〉だ』―『善人かどうか、どうしてわかるよ? 善い人だと思っても、よくよく見ると……人間なんて訳がわからんもんだぞ』―『確かに。なら、おまえさんの言うように〈神の名において〉にしよう。神様なら身許がしっかりしてて間違いがないからね』

〈神の名において〉〈神のために〉も〈キリストの名において〉〈キリストのために〉も強い願望を表わして、〈お願いだから〉〈後生だから、わたしを助けてください〉の意。無神論の建前上、神やキリストが人類や善人に。

 きのう、トルゴーワヤ通りでまた熊が南へ向かうのに出会う。何も食べてないようだ。痩せ細って、ぐったりしていた。ドルゴルーコヴォ方面へ(軍はそれでも南へ攻勢をかけたつもりなのである)。波がまた起きようとしている。白がオリョールとヴォローネジを奪回したらしい。一方、シクロー将軍はイングーシ人たちとリヴヌィにいる。

イングーシ人――カフカース系の民族。ほかにチェチェン人、北オセチア人など。イスラーム(スンニ派)。

11月4日

 カザーンスカヤ通り。初雪が本物の冬に変貌。雪が積もっている。厳しい寒さ。きょうフルシチョーヴォに行く。パンのこと……

11月5日

 夜、フルシチョーヴォより帰る。今ではチフスも怖くない。『なぜまた?』―『怖くはないよ。村では誰も怖がっていない。だからわたしも怖くない』―『でも、死ぬかもしれないじゃないか……』―『それがどうしたっていうの? みんな今にも死にそうなんだ。パホームもパーヴェルも死んでしまった。それでも怖くない。そうさ、死んでしまったんだ――ひとはね、みなそれぞれ自分の死に場所で死ぬんだよ』

 神父のとこ〔教会?〕に泊めてもらった。しかし何という暮らし、これが人間の生活か! 恐ろしい! 何もかも焼け落ちて、窓枠まですっかり。神父は村を去ろうとしたが、百姓たちが〔住むところは〕冬までに何とかすると約束したらしい。それで今もずっと工事中なのである。窓枠がいかにも寂しそう。隙間から指一本分の光が漏れている。ストーヴが置かれているが、くすぶるだけで、熱くならない。家族全員が煙の中でシューバを着たまま寝ている。なんとも凄まじい光景! 人間なんか(どんな人間だって)、どんな立派な人たちだって――それは百姓も自覚している――自分は暖(あった)かい小屋でぬくぬくしているが、神父は凍えて今にも死にそうだということを。
 それでも自分は、虱だらけのシーツより清潔なシーツの上を好しとする。寒くて眠れない。寒さが自分を完全包囲し、絶えず様子を窺っている。目に見えぬ大いなる戦略家だ。一分の隙なく着込み、毛布をたくし込む――あっちでもこっちでも何かしきりにスローガンみたいなものを口走っている――〈宮殿には戦争を、あばら家には平和を!〉。神父の息子のチーシャがわたしに言う――『ロシアじゃフランス革命はたいして参考になりませんね。あっちの革命は寒さは問題にならなかったから』すると、当の神父もひと言――『好くないのはどっちだろう――寒さ(ホーラト)? それとも飢え(ゴーラト)?』

十八世紀のフランス革命で、革命軍が唱えたスローガン。ロシアでは十月革命のときにプロパガンダとして広く使われた。

 スタホーヴィチが自分の邸で首を吊った去年の冬のことを思い出す。階下(した)へ逃げ、我慢できるうちは召使部屋に身を隠していたが、召使が恥知らずな振る舞いを始めたので、寒い二階へ、そしてそこで首を吊った。邸の寒さがひとりの貴族を縊死させたのだ。召使はそのまま召使部屋に居残った。ガラスの割れた、吹きさらしの宮殿やエレーツの大きな石造りの商人の邸宅のことを思ってぞっとする。
 ぬくぬくした百姓たちはひたすら肉にかぶりついている。どこにも生肉の入ったフライパンが置いてあり、食い過ぎて腹はパンパン、頭痛がしてくる……暴飲暴食、いつ略奪されるかわからない不安、熱病――そんなものにはまったく無頓着である。重苦しく、光も射さぬ闇の闇。〔わたしに、〕冬はここ〔かつてのわが家〕で暮らしたら、腹いっぱい食えるから、などと言う。
 武装した8人の男が5人の男を襲って身ぐるみ剥いだ。泥棒のカルトーシェフが通りに飛び出し、連射した。8人の男は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。泥棒もたまには役に立つのである。
 アルヒープカはわたしの〔かつての〕屋敷に住んでいる。わが家の女中だったドゥニャーシャは今ではお嬢さまだ――煙ってばかりいる役立たずのペチカに向かってぶつぶつ何か言っている……リーダ〔長姉〕もここで暮らすよう言われたが、断わった。プライドが許さないのだ! 食糧を持って町へ出ることを考えている。
 亡くなった兄〔次兄のニコライ〕の幻影が路上をさ迷っている。わたしはそのとき、街道を歩いていた。荷馬車が来て、すれ違いざま、誰かがお辞儀をしたので、わたしも返した。行ってしまった馬車から、マロースの寒気を通して、こんな声が――『今のひと、誰なの?』―『ニコライ・ミハーイロヴィチ・プリーシヴィンだよ』―『何をしてる人?』―『ナニ言ってる? プリーシヴィンだよ、ニコライ・ミハーイロヴィチじゃないか』荷馬車の全員が興味を持ったらしく、矢継ぎ早の質問だ。だいぶ先へ行ってしまったが、兄の名を繰り返しているのはわかった――『誰だって?』―『プリーシヴィンだよ、ほら、あのニコライ・ミハーイロヴィチ……』
 周囲を見回すと、不意に、古い、見覚えのある、でもやはり嬉しくなるような、ただただ広くて大きな明るいものが高まってくる――波のように。ひとことで言うなら、それは〈善を為したい〉という愛と希望。目を落とせば、凍った雪の下の黒土(くろつち)、ヨモギ、屍肉に群がる鴉の大群。犬が追いかける。その素早い走り。カラスたちは羽ばたく……『でも、最後まで食い尽くしてやろうぜ!』などを言い合っているようだ。顔を上げる。と、目を射抜く緑のチカチカ。でも自分の顔は、凍った土の塊みたいだ。恐ろしげな目。こっちは降ったばかりの雪を見ながら、先へ行く。何もかもがぼんやりと、緑の点々に見える――大地の目。緑の目をした、鼻面の黒い獣の目と目と目。『碌でもねえ奴らだ!』と誰かが屍肉を指さして、わたしに言った。『犬っころだ、雌犬の餓鬼どもだよ』―『誰だって?』(村は貪り喰らい、豚には餌をやるが……神父も女教師も乞食同然だ。どうしようもない)。

11月6日

 ブロックごとに税が課せられた。革命記念祭とイリュミネーションのため――ケロシン8分の1フント、クチマには裁屑を出せ、と。

クチマは赤い更紗、キャラコ(ふつう赤い)綿布。

 噂――トロツキイがポストを降りたとか。コムーナの実現を断念し、党細胞のコムーナを修道院内に限定するとか。商取引の自由その他。

11月7日

 何の前触れもなく冬が居坐って、きょうでちょうど一週間。気温マイナス10度。何もかもが動きだす――シューバ、ワーレンキ。リョーフカ〔リョーヴァ〕は簡易ベッドでお腹を下にして体温を落とさないようにしている。きょうは急に雨になった。冬が終わった。

 こんな情報――白〔軍〕がわが方のインテリゲンツィヤたちと会って話をしたという。『ソヴェート権力の片棒を担いだのはインテリゲンツィヤだ。それなくしてソヴェート権力は在り得なかった。諸君はわれわれの側へ走なければならないのだ。さもなくば、そうしなければ、われわれは諸君に懲罰を加えるであろう』
 要するに、こう問われているのだ――トロツキイかそれともプリシケーヴィチか? 『ブルジュイをやっつけろ』か『ユダ公をやっつけろ』か、どっちだと。
 ボリシェヴィズムは第三インターナショナルの懺悔、黒百人組はナショナリストたちの懺悔だ。エレーツではどっちも(ゴルシコーフもマーモントフも)十分すぎるくらい懺悔しているので、両者に〈ノー〉と言えるだろう。
 村。百姓は豚に餌をやる。豚の値段は(麦粉2プード費消するとして)8万ルーブリになる。そこへ突然の課税――1人あて2プード。これはすべてコムーナごとの〔課税〕。
 忠勤を励む軍人――『白は祖国に必要だし、赤だってそうなんだ。わしはたまたま赤の側について頑張っているんだが、最初に白の側についてたら、間違いなく白で頑張ったろうよ』
 自分たちは昔から、軍人イコール英雄豪傑(ボガトゥイリ)だと思っているが、今や動員された農民=労働者と女たちが、つまり第三の性(前衛分子の女たち)が、そのボガトゥイリなのだ! 彼らの活躍は大したものだ。しかし彼ら自身は犠牲者なのだ。

11月8日

 緩衝器。地理の授業をやめたくなった。生徒たちはわたしの授業に夢中のようだ。自分自身もいま夢中になっているのだが……この期に及んで、読者など〔おれには〕目じゃない(どうでもいい)と言うようなら、きっとその根底には社会活動の心理学が働いているのだろう。だが、星々は(カインもデーモンも)孤独な飛行を続けているのだ。
 きのう、暖炉職人のアレクサンドル・ポリカールプィチが、巧いこと工夫して、ベッドに熱が伝わるチュグーンカ(鋳鉄製のストーヴ)をこさえてくれたので、寒さから身を守れるようになった。嬉しくて、深夜、いとおしげに、じっとそれに見入っていたりする。

 スィチン一家とのわがコムーナは個人的感情の上に成り立っている。独立していたいし、借りを感じたくないから、相手にはより多くものをやりたいと思っている。こんな監獄のような環境でも、わがコムーナはまさの個人(インヂヴィドゥアーリノスチ)の最たるもので維持されていた。唯ひとりスミルノーフは大いに社会的感情〔社会性〕を発揮して生活した。なぜなら、それ以外の生活ができなかったから。彼は(それでも悩み抜いた果てにだが)、自分をそっくり社会に預けてしまった、先の見込みのない人間だった。
 インテリゲンツィヤは市民戦争の緩衝器だ。
 きのう、〈十月〉のお祭りがあったセンナーヤ広場で、ひとりの水兵を見かけた。衛戍司令官のリヴォーフだ。生まれてこの方、あんな恐ろしげな顔も頭も見たことがない。生まれるずっと前から断頭台のために用意されていたような顔、首、頭。どんな面(つら)して死ぬのか見たいくらいである。ブラマンジェ〔牛乳をコンスターチで固めた冷たいゼリー〕を食いながら見ているかも。しかしまあ、あんなのとどっかで出遭っていたら、人生はお仕舞いだ。

 美しくない優しさはあり得るか? 断じてあり得ない! 善行はすべて美しい。そうでなかったら、偽善とか慈善とか呼ばれるはずだ……だが美は不善であるときもある。美しくない善は善としては存在し得ない。その場合は偽善か慈善行為と称される。しかし不善の美は美として残る(美のままであり続ける)し、善を試みることで世界には益をもたらす。不善の美の蔓延(はびこ)る世で、われわれにとって真の善とは慎み(スミレーニエ)である……美はつねに善に敵意を示すが、慎み(スミレーニエ)の試練を受けた善に限って善なる美となる。 

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