成文社 / バックナンバー

プリーシヴィンの日記        太田正一

2012 . 06 . 17 up
(百十四)写真はクリックで拡大されます

     断片(「アレクサンドル・ブロークへの反論」の続き)

 そういう新聞社で革命の音楽を聴くのはそれはそれで結構だが、たとえばもしアレクサンドル・ブロークが1月2日〔プリーシヴィンらが逮捕された日〕に論文を「ズナーミャ・トゥルダー」ではなく「ヴォーリャ・ナローダ」に持ち込んでいたら、彼はその音楽を獄舎で聴くはめになったはず。監獄から招待を受けたというならぜんぜん話は別で、詩人の力もまた違ったものになっただろう。

1912〜14年に政治への関心を高めた詩人は、貴族文化の滅亡を確信し、それを破壊する動乱を待ち受ける。1917年の革命を、夢の実現、新しい世界の美しい悲劇的な誕生と歓迎して〈革命の音楽)に耳を傾けよとインテリゲンツィヤに説く。ラージンやプガチョーフたちの野蛮な叛乱を〈音楽的な波に〉変えることこそ知識階級の仕事であると主張した(マーク・スローニム)。

 シンガリョーフとココーシキンが斬殺され、その報がわれわれの房にもたらされたとき、わたしのところにひとりの囚人がやってきて、囁くようにこう言った――
 「わたしは15年も本を書いてきましたが、もうやめました、仕事のことは忘れました。人間をこのままにしては置けないからです。本を捨てる――それはわたしにとっては死そのもの。ですからわたしは今、次のもの、最後の仕事に向かう準備をしているところです。人間は誰でもそれなりの答えを世に出すことを心がけなくてはなりませんから」
 そのときふとわたしの脳裡に〈生贄(いけにえ)の梯子〉が浮かんで、その梯子のある段から、まるで音楽のように〈革命の意味〉が降りてきたのである。でも、これ以上は話せない。とても無理。なぜなら、心にもないことを言ったり勝手に決めつけたりするのが性に合わないからだ。
 村のオールドミス(未婚女性)についてこんなことが言われている――娘が嫁に行かないのは、彼女に勝手な思い込みがあるからだ、と。相手も一人と決めずに、さまざま思いを寄せもするけれど、結局、誰にも愛情を感じない――要するに〔結婚なんか、という〕勝手な烈しい思う込みがあるからである。
 まあこれは少々粗っぽい譬えかもしれないが、でもはっきりと言っておく必要がある。それは、われらが愛すべき詩人アレクサンドル・ブロークも、じつはこのオールドミスのように「勝手な烈しい思い込みをした」ということ。まったく本当に今、あんなに軽々に戦争について祖国について語れるものだろうか? 揺り籠から革命まで、あたかもわがロシアの生活が退屈(スクーカ)の一語に尽きる、とでも言うように!
 いったい誰がそんなことを言っているのだ? 戦争の話をしているのは〔まず実戦には加わらない〕自治会義勇軍の竜騎兵(ゼムグサール)だし、革命を語ってやまないのはちっぽけな見世物小屋のボリシェヴィキではないのか。
 そんな話をするのは不品行な外国人であって、断じてロシア人ではないし、いずれやってくる〈輝ける異邦人〉〔メレシコーフスキイのこと。(三)*8〕でもない。
 かつてわたしとブロークは鞭身派(フルィスト)に接する機会があった――わたしは好奇心から、彼は退屈している人間として。
 フルィストたちはわれわれにこう言った――
 「チャンは滾(たぎ)っている。わしらのチャンに飛び込みなさい。〔一度〕死んで、指導者として甦るのです」
 チャンからは何の応答もなかった。現在の革命のチャンからもブロークには何も返ってはこないだろう。なぜなら、沸き立っているのが〈言葉なきもの(ベススロヴェースノエ)〉だからである。
 このベススロヴェースノエは踊っているように見えるが、その足下にはブロークなど与(あずか)り知らない〔知りもしないし経験したこともない〕わがロシアの不幸のすべてが横たわっているのだ。最後の最後にこのベススロヴェースノエは大いなる裁きの場で赦され浄められて、おのが祖国の汚れなき着衣(リーザ)を身にまとって現われるだろうが、〈言葉も有するもの〉は灼けつくような答弁を求められるはず。退屈を持て余す旦那(バーリン)はとうていそこでは受け容れられないのだ」

     ※   ※   ※

 以下はプリーシヴィンのアルヒーフに保管されていたブロークからの手紙である。

 「ミハイル・ミハーイロヴィチ、きょう(1918年2月16日)「ヴォーリャ・ストラヌィ」に載ったあなたの記事を読みました。われわれは久しく同じ文学の畑で仕事をしてきましたが、しかし最悪の仇敵であるあのブレーニン〔ヴィークトル・ブレーニン(1841-1926)は詩人・評論家〕でもこれほど多くの個人的悪罵を並べはしませんでした。あとはもうローザノフが昔やったような身内〔家族〕攻撃しかないようですね。
 今回のことにわたしは腹を立ててはいません。どれもこれも的はずれなうえに、非個人的な好意に満ちた論文に向けられたあくまで個人的な悪意に満ちた論文だからです。
 要するに、このことで論争するつもりはないのです。わたしはこれまであなたの真実(プリーシヴィンのであって「ヴォーリャ・ストラヌィ」のではない)を攻撃したことはありませんでした。しかしそれにしても、われわれの使っている言葉はあまりにも違い過ぎます。
 あなたには嘘がある――わたしに対して使った「愛すべき詩人」という言葉。「ちっぽけな見世物小屋」だって十分に罵倒語ですよ(ジャーナリストはみな昔からその意味で使っているではありませんか!)。いったいどうしたことでしょう? あなたは、見世物小屋の裏に何があるのか、それがどこから来るのか、お知りにならない、ということは――ほかの詩の裏の意味も、わたしの愛しているロシア(その他)がどんなかもご存じないということなのです。わたし自身は何も変わっていません。自分自身と自分の愛に、あなたがあれほど憎悪するフェリエトンにも忠実です。あなたはこう言うべきでした――「愛すべき詩人」ではなく、「最も憎むべき詩人」と。
   アレクサンドル・ブローク
 P.S どうかこの手記を新聞社に送ってください。

     ※   ※   ※

 以下は、投函されなかったと思われるプリーシヴィンの返信。

 「アレクサンドル・アレクサードロヴィチ、わたしの返書(あなたの「ズナーミャ・トゥルダー」の論文への)は(あなたがお書きのような)悪意あるものではなく、むしろおとなしいくらいのものです(あんなふうには愛する人に対してしか書けないと思っています)。もし著者がブロークでなかったら、きっと自分は――この男は盗まれたお金を受け取っているとか、ゼムグサールは戦争で何もせず銃後で酔っ払っていたくせに、なぜかこれまでずっと軍服を着ていたとか、そんなことを書いたにちがいない(そうです、そういうことを洗いざらい書くべきだったのです。なぜなら、あなたはそれに値するから)。ゼムグサールの(あなたの)家庭問題(関係)についてはわたしは何も書けません。そういうことには関心がありませんので。われわれの共通の友人知人はきっとこう断言するはずです――あれ〔わたしのこと〕はそのための目も耳も持ち合わせていないし、たとえ何か見たり聞いたりしてもすぐに忘れてしまうよ、とね。
 「知っていることを書かなくてはいけない〔自分の知らないことは書くな〕――これはレフ・トルストイの言葉です。。あなたは自分が何を書いているのか知らなかった――そこにあなたの罪(グレーフ)があるのです。あのアンドレイ・ベールィもドクトル〔師のシュタイナー〕についてかなり厳しいことを書いています。それで自分はどうかと言うと、ロシアなど見ようともせず空を飛んでいます。一方あなたはあんまり地上を低空飛行したものだから、何かに触れようとして手を伸ばしました。それらは(血まみれで)火に包まれているが、あなたには届かない。だからそれらについては書くべきではないのです(あなたは手を汚した)。
 わたしは自分の論文では、あなたの論文がメレシコーフスキイやギッピウスやレーミゾフやピャーチに呼び起こした怒りの百分の一も伝えることができませんでした。(あなたに書いた)あの論文を印刷所に渡す前にレーミゾフに読んで聴かせたのですが、彼の感想は「おとなしいくらいだ」というものでした。
 そう、わたしはおとなしい人間です、悪意を抱くような人間ではありませんが、でも今回は最後の一線まで近づいてしまったようです。それでこれまでしたこともない言葉で祈っています――おお主よ、わたしをお導きください、あらゆることを理解し何ごとも忘れず何ごとも容赦なきよう、どうぞお導きください!
 もうひとつ最後に言っておきたい――あなたはわたしのために辛いしわたしもあなたのために辛いのです。あまり辛すぎて、いま自分にはあなた自身のいる場所も自分のいる場所もわからないほどです。わたしは自分が自分に近いようにあなたに近いと思っています。ブレーニンとわたしを一緒にしないでください。わたしはレーミゾフやゴーリキイみたいに勝ち誇ってなどいませんし、あなたのことが理解できます〔続く括弧の中に抹消された単語が数語あるが、判読不能〕。

 ブロークとの紙上論争には文学的な続きがあり、間もなくプリーシヴィンは短編「青い旗」(1918年1月)を、ブロークは有名な叙事詩「十二」(1918年3月)を書き上げた。二人の論争は結果として二十世紀初頭の文化(とくに人間と革命)をめぐる最も興味あるテーマの一つとなった」(ヤーナ・グリーシナ)

     ※   ※   ※

3月6日

 人間を観る。通りを歩いているひとりの男、ふらふらと。どこか取るべきところはあるだろうか? ずいぶん惨めななりをしていて……それはああ、ぽろぽろこぼれて落ちた、かつての大国ロシアの、今は〔文字どおり〕地に墜ちたピローグのかけら。いや、そのひとかけらでもないパン屑だ――とても見ていられない(тошно)!
 こう言われるかもしれない――いや、その男、以前もそんなだったよ、と。大国ロシアに庇護されていただけで、今はその覆いが落ちてしまったまでのこと。見ろ、その惨めな姿がふらふらよたよたしてる、しかもびっこまで引いて! でも、いったい何が男から消えてしまったのだろう? 違う違う、そうじゃない。あいつは今も昔もなんも変わっちゃいない。そのまんまだ。しかし、今は世の中すべてがああじゃないか! 正体がばれたのさ。どこを見ても、怠け者、碌でなし、泥棒、人殺ししかいやしない! これまでは帝国の覆いの下に隠れて見えなかっただけなんだ。これがわれらが生の真実、われらが身に生じたすべてのすべてであり、つまりわれわれは真実を見たということさ。
 間もなく勝利者がこの都(まち)に入ってくる。ついさっきまで窒息性ガスを吹きかけていた連中が、これからは彼ら一流の白粉(それこそ比類なき恐怖の毒ガス!)を噴霧することだろう! しかもわれわれに向かって道徳を――人の道と秩序の大切さを説くつもりでいるらしい。だが、彼らから着ているものを剥いでやり、帝国の覆いと勝利を取り払ったら、忽ちふらふらよたよたしだすに決まっているのだ。
 リヴォーフの町でわれわれは敗残のオーストリア人たちを見た。今にドイツ人たちがあれとそっくりのわれわれを見るのだろうが、じっさい彼らの何かが増えるわけでもこちらの何かが減ずるわけでもないのである。

第一次大戦中のロシア帝国領内(主に農村部)には、捕虜となった数多くのオーストリア=ハンガリー軍の兵士と将校がいた。労働のために連れてこられたのだ。プリーシヴィンは故郷で何度も目撃しているが、彼自身は戦時捕虜を労役に使わなかたことが日記からわかる。

 ついにわが主婦は馬肉を買う決心をした。買ってきた馬肉をいったん聖水に浸して、たいていはカツレツ用に少し手を加える。そのやり方がじつにこうした〔社会〕状況に相応しく、まるでわれわれが何か罪を犯しているかのような――焼いているのはじつは馬肉ではなく人肉なのでは――そう思わせるような手際だった。竃(ペーチ)のそばに立っている、腹ぺこの、恐ろしげな姿をした老婆は、ついこんなことを口走る――「やれやれ、これがロシア魂かい!」

 きょう見たのはなんと(驚き桃の木!)夜の夢そっくりの世界だった。どうしたことか? 自分としてはただいつものようにその日見たこと聞いたこと考えたことを思い出しながらメモしていただけなのに、やっていたことは夢そのものを(前夜に見た夢の記憶を)取り戻す作業だったようである。ひょっとすると、夜があまりに深く昼を取り込んでしまったので、うつつにまで夢の世界をさ迷ったのかもしれない。夢の中では数え切れないさまざまな事件がカオスのように揺れていて、思い出せるのは意外な出来事のややこしく込み入った鎖のゆらゆらだけ。たしかにそんな夜の日々に浮かんでくるのは、中身のないナンセンスまたナンセンス……

 夢に出てきたのは――やさしいか賢いかよく憶えていないがとにかく獣たちで、そこに愛犬のネプチューンもいた。獣たちは、恐ろしいまでに堕ちてしまった人間たちを介助し自分たちの高みにまで――人間たちがいま置かれている立場とは比較にならないレヴェルにまで〔人間たちを〕引き上げようとしていたことである。
 ある者はナロードを信じてナロードに跪拝した――それでナロードに何が残っているだろうか? ある者は人間を信じていた――その人間に今、何が残っているだろう? その人間はどこにいるのか? またある者は自分を信じていた――着衣を脱がされているのはこの者たちだ。彼らの信仰が自分自身にではなく自分の着ているものにあることがわかってくる。彼らはそれを脱ぐ。するとその下から、復活祭の大きな赤い卵の中から青い卵が緑の卵が次々と飛び出すように、また別の着物が現われてくる、そうして形も次第に小さくなり、しまいにはほんとにちっちゃな黄色い〔花の芽(ププィシカ)〕が……そうしてもうそれ以上は何も出てこなかった。

〔人びとは〕モスクワのことを考えた――とたんにモスクワが消えた、また考えた…… 
 農民たちのことを思い浮かべた――農民たちが消えた。カザークたちのことも、しかし考えたとたんに消えた。またモスクワを思い浮かべた。やっぱりふっと吹き消された。ドンも、ウクライナも同じだった。残ったのはドイツ人たちと、脱走兵と完全失業たちの裸のソヴェート権力。

 もう通りには鳩もいない――罠に落ち〔て喰われてしまった〕か、ただ餓死しただけか。

 犬の自殺。腹ぺこの、毛の抜けた犬がふらふらとボリショイ大通りをさ迷っている。8丁目の角でばったり倒れてしまったが、よろよろと起ち上がって、また歩きだした。向こうから電車がやってきたので、犬は足をとめ、電車をちらと見た。なにやらまじめに考えごとでもしているようだ――『避(よ)けたほうがいいのかな?』。そして、それには及ばぬと決心したように(たしかにそう見えた)、電車の前に身を横たえた。運転手にはブレーキをかける間もなかった。飢えた犬の苦しみが終わった瞬間だった。

3月8日

 すでに〈一時休戦〉である。ペテルブルグは空っぽだ。ヒトも鳩も姿を消した。これまでのような事件事故への熱い視線も関心も今はない。みな冷めてしまった。こうまで次から次と場面が変われば、ロシアが世界戦の運命を決することなどもはや論外。今やわれわれはインターナショナルから遠く遠く離れた田舎者。
 専制主義とその子ボリシェヴィズム――これが全ロシアの公式だ。

3月10日

 この自由は売春行為につながるもの。ドイツ人はロシアを醜業婦に仕立てようとしている。

3月11日

 物を分け合って極貧の馬なし農民と平等になろうとしたが、そのとき姿を見せたのは誰あろう手なし足なしの連中だった。彼らは言った――『おれたちはどうすりゃいいんだ、平等じゃないぞ!』。それでみんなは考えた――『どうしたらいい?』。考え抜いた末に、自分たちも手足を切断することにした……本当に手足をぶった切ったそのあと、仕事に出かける段になって気がついた。足がないので歩けない(当然だ、足をちょん切ったのだから)。さてどうやって職場に行こうか、誰にこの責任を取ってもらおうか――そんなことを探り始めた。一人がこう言えばもう一人は否と言う。最後は掴み合いかと思われたが、あいにく殴る手がない。そこで間抜けどもは唾を飛ばし始めた。以来ずっとそれが続いている。

 「あなたは彼女〔コーザチカ?〕を理想化しているんです!」
 「理想化するとはどういうことです? 自分の好きなヒトやモノを好く言うということでしょう。そうですよ、わたしは彼女が気に入ってる。だから彼女を理想化しているんです」
 「要するにあなたは実際とは違うものを見ているんだ」
 「わたしはね、自分が気に入ってるものを見てるんです」
 「じゃあいずれ彼女に幻滅することでしょうね」
 「なあに、こんな時代もあっと言う間に過ぎ去りますよ」

 わが主婦は〔もうぜんぜん若くはないが〕ずっと自分の〈思う人〉の娘を求めて〔産みたいと思って〕いる。でも、その〈思う人〉はぼろを着て乞食同然である。教会は婚礼の儀をやっていないし、人民委員部(コミサリアート)は取り合わない。結婚の認定にしても仕方なく壁に指でサインするような始末であるが、それでもまだ彼女は〈許婚(ジェニーフ)〉なるコトバに強いこだわりと愛着と敬意を抱いている。

3月14日

 革命一周年(2月27日)。ワシーリエフスキイ島の河岸通りで馬が頽(くずお)れたが、誰も屍体を片付けない。あたりは雪と氷。それででっかい氷の山ができてしまった。馬は3日もほったらかしにされて、もうぺしゃんこである。あるとき、ふと自分は、馬の体が氷と雪の上から出てきたことに気がついた。みなが一斉に凍った馬の脚を引きずり出す。腰の肉を切り取る。そのあと犬たちが群がり、残りをがつがつ喰い始めた。肉の取り合いになり、唸ったり吠えたりして、骨のまわりでしばらく騒ぎが続いた。氷の山からしゃぶり尽くされた馬の脚がずっと突き出ていた。

3月15日

 お腹を空かして勤めから戻ってくる娘〔コーザチカ?〕。
 ロシアの火事の炎があまりに大きくなりすぎて、いつも朝の月を覆い隠すぎらぎら強い太陽をさえ覆ってしまったから、どんなに個性豊かなわれらの創造の光も相手にされない。目に入らないのだ。画家がこれぞ天才と絶賛されるような絵を描いても、それは血の気のない朝のお月さんみたいに弱々しい、どうでもいい作品に見えてくる。まあそんなところにわれわれの今の暮らしが冴えなく見える理由があるのである

ここのところはローザノフの『月光の人びと。キリスト教のメタフィジカ』(1911)からの引喩。

 金色の陽が月と星の光を覆ったのではなく、天をも焦がす大火が夜の天体の輝きを鈍らせたのだ。そして寝ていた人びとが仕事に出ようと暗いうちから起き出しても、しばらくは外で大火を眺めることになる――それも自分の財産のことを気にしながら。それはそうだろう、ぼんやりしていたら、わずかな自分の財産も延焼してしまうのだから。

 綿屑みたいに血の気のない月がネヴァの河上に懸かっていて、自分の心もロシアの火事の空焼けのせいで青ざめている。すでに光を失っているから誰の目にも映らない。なぜか? 
必要とされないから。早晩、自分は氷を割ったり新聞を売ったりさせられるだろう。目を閉じようとする。すると目の前の暗がりにベンチが出てきて、そこに誰か黒いものを着た人間が坐っている。でもよく見えない――ああ女だ! 女はじっとこっちを見つめている。誰かを待っているようだ――そこにいるのは〈あの人〉かしら? と急にうなだれる。女が待っていたのはもちろんわたしではない。ベンチに片手をあずけて、いつまでもじっと闇の向こうを見つめている。女の後ろには何もない。まわりにも何もなく、彼女とその庭のベンチだけがかろうじて闇の中に浮かんでいる。すると不意に大火の炎が闇を開け放った。黒衣の女人が消えや、ベンチのまわりは手なし足なしたちだけで、互いに唾をひっかけ合っている。
 〔暗い〕夜が囁く――
 「これは全面的平等というやつだな、奴らは平等のために一切がっさいを分割・分配したのだが、やってきたのは傷痍軍人――戦争で手や足を無くした者たちで、平等化のためにほかの人間も手足を切り落とすことを要求したもんだ」
 そう言われて、ほかの人間もみな手足を切り落としたが、それでうまくいったとか却って良くなったとかいうことはなく、相変わらず唾を飛ばし合っているのだ。
 だが、わたしは地上(ここ)では黒い覆い布に包(くる)まって、その上に紙の星を金色の星々を貼りつける。さあ見て、わたしを! わたしは――あなたの息子、地上のこのありさまをこの目に焼きつけようと月から降りてきたのだ……
 おたくらはすべての人間を平等にしたかった、そうすればその平等化のために人間の親交(ブラーツトヴォ)の光も煌々と輝き渡ると考えたのだね。そして最貧民層をしばらく眺めながら〈衰弱者〉を一つのモデルにしてみたけれど、本当にやつれて衰弱した者たちはあらゆるものを口に入れ、喰って喰って喰いまくったわけだが、そのためによく肥えたりより善人になることはなかったのだね。

創世記第41章2-4節および17-21節。ヨセフがファラオの夢を解く個所。ナイル川のほとりで醜い7頭の雌牛がよく肥えたつややかな7頭の雌牛を食い尽くしてもなお醜い。ヨセフの判断は7年の飢饉である。前出。

 しかしほら、まだ手なしが歩いているじゃないか。彼と平等にならなくちゃ。さあおまえも手を切り落とせ。足なしだって歩いてるんだ――おまえも足を切り落とせ。
 われわれは手なし足なしだ、もう何もない。おまえたちのまわりにも何もない。おまえたちはただ突っ立ていて――もちろんここはロシアの大地で、もう互いに取っ組み合うこともできない。ではどうすりゃいい? 隣の奴に唾をひっかけろ、ひっかけろ、ひっかけてやれ! それしかないぞ、貧しきロシアの人びとよ!
 ここ百年の間に怒りと憎しみが出口を見つけた。それまでは頭の中にしかなかった密かな殺人的思想(イヂェイカ)――抑え切れないがなんとか追い払ってきたものが今ようやく自分の道を見出したのである。

 たしかに「この世に現われない秘密など何もない」のだ。

マルコによる福音書4章22節――「隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公(おおやけ)にならないものはない、聞く耳のある者は聞きなさい」。これをしばしばプリーシヴィンは自分の言い方で引用している。

 しかしそれは消えていく。そして人びと――悪意を抱く者たちも時とともに日に焼けた更紗(さらさ)のように褪めていく。ついこの間まで指導者だった者たちはどうだ? 皇帝の椅子に坐ってソヴェートに支持されていたアフクセーンチエフは? 全ロシアの百姓たちに認められていたあの天才、ヴィークトル・チェルノーフはどうだ?

text - 太田正一  //scripts - Lightbox PageDesign - kzhk


成文社 / バックナンバー